負けた、って一人言で思い出した。
あれは、あたいが小学生のころだろう、ちょうど今ごろ。夏休みだった。
亡母と買い物に行くとき、玄関で。
玄関を網戸にしておったので出かける際にはドア自体を閉めねば不用心だというわけだ。
ウチはマンションなんで網戸もドアも被ったようであり、もし内側から閉めれば二重に閉まる。
うまく説明できないが、お分かりになりますでしょうか。
で。
亡母もあたいも外に出てますから、玄関ドアさえカギをかけりゃいいのです。
それで玄関ドアを閉めようとしたところ、玄関と直線状のベランダが網戸状態で開いてまして、あちらから強風が吹き込んできたのです。
玄関の網戸が、その風に押されて猛スピードで閉まろうと迫り込んできまして、亡母もそれを見て、玄関ドアを閉まる様に叩きつけました。
が、一瞬先に網戸がガチャーンと音を立てて閉まって。
亡母「負けた」
もう、腹がよじれるほど笑うというのは、あたいにとってはこれさ。
ドアに勝つとか負けるとかじゃないだろ、そもそも無理に閉めんなとか、先に閉まれば良いってもんじゃないとか。ドア開けたら、また閉まってるんやないか、網戸が!
いつまでも笑うとった、買い物先の店でもまだ笑うとった、だから今でも、思い出して一人で笑うんだ。さっきはあたいが笑いまくるから愛猫がうたた寝から目覚めた。
亡母も、晩年の不機嫌がくるまでは、たまにこんな話で笑ってたな。
時々、いや、たぶん死ぬまで思うんだろう、あたいの笑いの感覚を真剣に共有できるのは亡母だけだろう。
だって普通は。大して可笑しくないんでしょ、ドアの締り加減がどうしたなんて。
なんか最近、彼との付き合い方がしんどい。
彼は自由時間が多いのであたいんちに来るが、あたいは自宅に人を迎えたまま長時間過ごすのは、ハッキリ言ってキライなんだ。
泊まるのはいいが朝になれば帰って欲しい。あたいにも体調管理や都合がある。いつまでもアンタといると、翌日でなくとも差し障る。
この折り合いをどうつけるか。
あたいは、実は何もよう言わんのです。昔から空気読めないから、人様に物を言うことは20代前半から避けてきましたわ。
だからこうして、言いたいこと言える場所を作っとるのですよ。
そんなあたいに付き合ってくれる彼やもんなぁ。我慢するか、ったって体調に関わるのはかなへんのや。
この彼とは、たぶん、相手が死ぬまで一緒やろからな。そう思うが、分からない。あちら次第だ。
悩みは尽きない。