あたいは、正岡子規である。
卒論は漱石だった、その時に子規についても詳しく知る機会を得て。
書簡用語がテーマで、漱石と子規のやりとりを見た。
短く書けないが、実に凝縮された日々を送らはったのだなと。
病床から俳句に人生をかけた、あのかた。頭が勝手に下がる。
こないだ新聞で見た。子規の記述だ、学生時代に見た記憶があった。細かく合っていないが。
悟りと言うのは、平気で死ぬというのではなく、平気で生きているということだ。
だいたいこんな感じの。
これはすごい。心底、まったくすごいと思いましたわ。
書簡のやりとりを読むに連れ、あたいは漱石より子規が好きになった。何故かは分からん。
お互いのやりとりは本当に面白いもんな。
漱石の手紙の中で。これは子規宛てではないはずだが。
「昨夜の牛乳は大変うまかった、僕はこれから牛乳生活をやって、横隔膜の呼吸法で大文学者になるつもりだ」
何がしたいんだ。
これは学生時代、学校の図書館で見て吹き出し、母にメールで送ると、電話がかかってきて爆笑してきた。
絶対可笑しいと思うけど、あたいら母子だけか?